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zoom RSS 「あの日に帰りたい症候群」

<<   作成日時 : 2008/11/03 16:08   >>

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 「あの日に帰りたい症候群」とは私が勝手に日本の保守層−あるいは右翼ーにつけた病名である。

 彼らの特徴は、自分たちのやった戦争は全部正義の戦争で、日本男児は雄雄しくたくましく、日本軍隊は正義の戦いを勇ましく闘った、と言ってもらいたいことにある。

 また社会のありようについても、戦前・戦中の日本人は貧しくも助け合い、親子の愛情むつまじく、困難に負けずに困難を乗り切った。だからこそ敗戦後の困難も乗り越えて、世界に冠たる先進経済大国としてよみがえったと言って欲しいのである。

 この病気にかかっている患者の特徴は二つある。一つは判断停止である。彼らは多くの場合あの聖戦は陛下の御命令であり、そして戦争をやめたのも陛下の御聖断によると考えるような、心情的天皇中心主義者である場合が多い。

 彼らの判断は天皇のところで停止する。そしてこの判断停止の思考態度は他でも同様に機能し、自国軍隊の非道や、自国政府のだらしない政治的行動については、判断を停止し、代わりにあれこれの「言い訳」を見つけることに精を出すのである。

 第二は、現実を見ることが出来ない精神的虚弱性である。従軍慰安婦の見るにたえない惨状など、かつての従軍経験のある軍人の中には目にしたものも多かったと考えられるが、そのような現実に立ち返ってそれを直視し、自分にとって不利益でも苦しくとも人としてまっとうな判断を下すということが出来ない。

 そしてそれを拒絶して、そのような問題を提起する人間を非難し、場合によっては暴力的行為で威嚇するのである。

 そして第三に変化に対するご都合主義的選択の態度である。彼らの多くは「伝統」とか「文化」と言う言葉を使って、男尊女卑的態度を擁護したり、非合理な従属的人間関係を正当化する。

 しかし近代天皇制の伝統は近々一世紀ほど、伝統の中心皇室がロールス・ロイスに乗り、似合わない洋装に身を包み、が国の賓客をフランス料理でもてなすことには異議を唱えないのである。

 この様な精神態度は、しかし戦後の日本の保守層、軍隊経験者にはそれほど珍しいものではなかった−政治的立場を問わず。

 しかし今問題なのは、その態度が世代をこえて継承されていることである。それは文部省お墨付きの教科書や、保守層にまず第1に受けるメディアを通じて広く喧伝されてきたが、何より自衛隊のような閉鎖環境で、旧軍人を上官と仰ぐ環境では徹底していたと考えられる。

 航空自衛隊幕僚長の本心は、私の勝手な推測だが、「軍人ばかりが悪者にされてとんでもない。戦争は正しかった。腑抜けの民間人などなんの役に立たなかったのだ。それをはっきりいって何が悪い。」と言ったところだろう。

 ジェラルド・カーティスが後藤田正晴を追悼する文に書いているが、戦中に成人していた政治家にとって、陸軍のテロや暗殺はリアルな体験に他ならなかった。彼らの戦争に対する態度は何より旧日本軍に対する不信感だったに違いない、としているが同感である。

 実際後藤田は戦後警察官僚として警察予備隊の立ち上げに関与しているが、その際旧陸軍中枢にいた参謀たちの暗躍を徹底してはいどょする立場をとっていた。

 いまや自民党の政治家にはプラモデル好きやら、ロック好きの物分りのよい政治家が増加している。航空幕僚長もこれならいけると判断したのかもしれない。

 その判断は少し早まったようだが、一旦この様な人事の流れが出来てしまっている以上、自衛隊内部には相当な問題があると考えたほうがよいのではないか。

 「あの日に帰りたい症候群」は獅子身中の虫、あるいは膏肓に至る病になりかねない。

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